悩んでもいい。しかし悩みの先にあるものを見続けたい

たそがれる男

人生って本当に悩みの連続です。

小学生とか中学生のときとかは、勉強できないとか学校がつまらないとか悩んで、高校生くらいなると女にモテないとか童○とか、そういう系で悩んで。

そして社会人になったら収入とか結婚とかに悩み、それからは健康とか時間のなさに悩む。

そう考えると、悩みがない人生はあり得ないのではないか、そんなふうに感じます。「悩まない人間はバカだけだ」とある文豪が言っていましたが、本当にそうですね。

人生いろんなことに悩む。

それはもはや仕方がないもの。もし人生で安心して何もかもOKになるときがあるとすれば、それはもう人生が終わったときくらいでしょう。

となると、生きている限り、元気である限りは、何か悩んで不満を感じたりしてしまうものなのかもしれません。

悩みの先に意識を向けると

ただ、なぜ悩むのか、それと同時に考えたいのが、「悩みの先に何があるのか?」ということ。

例えば今あなたが薄毛で悩んでいるとします。薄毛の悩みにフォーカスしていれば、ハゲかかっていること、そういうことがイヤで不満で仕方ないと思います。

そこから一歩先へ進んで、もし、薄毛が解決していたら今の自分はどうなっているか、悩みの先に意識を持っていくことが大事だと思います。

これは何でもそうで、モテない悩み、お金の悩み、どの悩みも同じことだと思います。

何かに悩む。ではその悩みを解決したら自分はどうなっているのか?人生はどうなっているのか?

悩みそのものではなく、悩みを解決した先を想像してみると、悩みに対する態度というか、対処法も変わってくるのではないでしょうか。

悩む、だから何かが得られる

悩みを解決する過程で今までとは違う新しい何かに出会う。それによって自分が変わっていく。

悩みに悩んでいるだけなら人生は何も変わらないかもしれません。しかし悩みに対して行動を起こすことで、そこから得られる何かがある。

悩みは悩みのままならただ不快でイヤなだけです。

でも悩んでしまったら仕方ない。どうせならそこから何かを得たい。そこにこそ、悩みの存在意義があるのではないか。こんな考え方もできます。

実際、人生は何かを失えば何かが得られる、そんな不思議な仕組みがあります。

悩みが大きければ大きいほど、そこから得られるものも大きなものになります。問題はそこに気づけるかどうか。

だからこそ、悩んだときは悩みにとらわれるのはもったいない。常に悩みの先、それを解決したらどうなるか、そこに意識を向けたいものです。